これが中小型ディスプレイの全貌
概論:中小型ディスプレイの沿革
― ディスプレイ開発の黎明期から巨大市場への成長 ―
鵜飼育弘/ソニー
はじめに

今や2兆円規模に成長した中小型フラットパネルディスプレイ(FPD)の技術沿革,応用製品の展開,各種FPDの原理,特性,技術動向および市場動向等に関して今月号から12回の連載で「これが中小型ディスプレイの全貌」と題して述べる。各論に入る前にここで取り扱う中小型ディスプレイの定義をしておく。まずサイズは,対角10型(25.4cm)以下とし,FPDの種類としては,LCD(TNおよびSTN),TFT-LCD(a-Si TFT-LCD,LTPS TFT-LCD),有機発光ダイオード(OLED,有機ELともいう),電気泳動ディスプレイ(EPID)を扱う。応用製品としては,携帯電話,デジタルスチルカメラ(DSC),カムコーダ(VCR)などの携帯機器を扱う。なお,市場動向に関しては,携帯機器以外の応用として車載用およびゲーム機器用も含めて論じる予定である。
中小型用FPDの技術沿革
1. 液晶ディスプレイ(Liquid Crystal Display:LCD)
68年RCA LaboratoriesのG.Heilmeier氏,L.A Zanoni氏およびL.A Barton氏は,液晶の電気光学特性としての動的散乱モード(Dynamic Scattering:DS)を発表した1)。この後,ゲスト・ホストモード(Guest-Host:GH),70年に電界複屈折モード(Electrically Controlled Birefringence:ECB),なおこれはVertically Aligned(VA)モードを含むものであった。これが発端となって液晶のディスプレイへの応用が開始され,現在主流となっているTwisted Nematic(TN)モードが71年,M.Schadt氏とW.Helfrich氏により発表された2)。
LCDの実用化は,71年にDSモードを用いたものが最初である。この表示モードは,動作電圧が高く,しかも消費電力が比較的大きかったことと信頼性に不安があったことなどの理由でTNモードの出現でほとんど使われなくなった。TNモードLCDは,低電圧,低消費電力のためCMOS回路との相性がよく,長寿命を実現できたことから,従来搭載が実現できなかった分野に急速に普及した。しかしこれらのLCDはセグメント型であったため,表示容量に限界があった。
この問題の解決は二つの方法で行われた。第1の方法は,パッシブ駆動方式のままで,液晶分子のねじれ角をTNモードの90°から180°〜220°に大きくしたSuper Twisted Nematic(STN)モード3)や,さらに270°と大きくしたSuper twisted Birefringent Effect(SBE)モード4)である。これらのモードは85年ごろに開発され,走査線数を200〜300本に増やしても十分なコントラストが得られるようになった。
しかし,これらのモードでは複屈折による干渉のため着色してしまうので,Optical Mode Interference(OMI)モード5)や2層方式が考案され,高コントラストの400×640画素白黒表示パネル,およびモザイクフィルタ方式によるマルチカラーパネルが88年に開発された。当時普及し始めたワープロが必要とする640×400ドットの表示容量がこの表示で実現できるようになり,それまで中小型サイズに留まっていたLCDのパネルサイズが10型まで一気に拡大した。
70年代に実用化されたTN-LCDは,70年代80年代の黎明期を経て,90年代の本格的な量産期に一大産業として離陸した。第2の方法は,「4. 薄膜トランジスタ」の項で述べるアクティブ駆動方式によるものである。
a-Si TFTによるTFT-LCDの最初の応用製品としては,3型のポケットカラーLCD-TVを松下電器産業が86年に世界で初めて実用化した6)。以降,4〜6型のLCD-TVが相次いで商品化された。また,ラップトップコンピュータなどのOA用ディスプレイでは,85年ホシデンが10型 640×400画素の白黒表示TFT-LCDを開発した7)。このディスプレイを用いてNTTが87年受発注端末用に商品化したが8),本格的に実用化される契機となったのは,89年にAppleから同パネルを用いて発表されたラップトップ型PCといえる9)。
この90年代の本格量産期には,アクティブ駆動型のa-Si TFT-LCDによるPC用途,特にノートPC向けのアプリケーションが市場で大きく伸びた。90年代の後半にはPCモニタ用のアプリケーションも出始め,さらに現在ではLCD-TVとして108型のTFT-LCDも開発されLCD-TV向けの市場も立ち上がった。
一方でカムコーダ,DSC,携帯電話やPDAをはじめとした中小型LCDパネルの市場も着実に伸びてきている。この分野では,低温p-Si TFT-LCD(LTPS TFT-LCD)技術の進展が特に著しく,市場で大きな地位を占めるに至っている10)。
2. 有機発光ダイオード(Organic Light Emitting Diode:OLED),有機EL
ここでは,有機感光体(OPC)デバイスが成熟期に突入した頃に本格的に実用化を目指してR&Dが始まり,実用化デバイスとして開花したOLEDの技術開発経緯を見てみることにする。
60年代のアントラセンの発光から始まるOLEDの研究は,低電圧で高輝度を得ることが出来なかった。その大きな理由は,均一で薄い膜を作製できなかったことによる。しかしながら,87年に米Eastman KodakのTang氏とVanslyke氏は,トリス(8-ヒドロキシキノリナト)アルミニュム(Alq3)という真空蒸着で薄膜化が可能な材料を見つけることにより,10V以下の直流電圧印加で1000cd/m2以上の発光を実現し,技術的なブレークスルーの達成に成功した11)。
OLEDの出現は,有機材料に大量の電子・ホールを注入できることを示し,ミリアンペア(mA)オーダの通電で基本的に有機分子が耐久性を持つことを示した。この意義は非常に大きく,従来不可能と考えられていた有機電子デバイスの実現に大きな可能性を示唆するものとして後続の有機薄膜トランジスタ(OTFT)の研究開発へ繋がった。
実用化の経緯は,97年に東北パイオニアからパッシブ駆動型のモノクロOLEDが製品化されたのが最初である。その後,国内外を問わず事業化および計画が発表されている。一方,大表示容量化,高解像度化,高寿命化に優れたアクティブ駆動型に関しては,ソニーから04年9月に発売されたPDA「クリエPEG-VZ90」に搭載された3.8型480×320ドットのフルカラーディスプレイがLTPS TFT-OLED実用化の最初といえる。
3. 電気泳動ディスプレイ(Electrophoretic Image Display Device:EPID)
EPIDは電極間の液体中に顔料微粒子を分散させ,電圧を印加すると荷電粒子が電位差により一方の電極(透明電極)に移動して電極表面に付着する現象(電気泳動効果)を利用した非発光表示デバイスをいう。EPIDは,72年松下電器の太田勲夫氏によって最初に発表された12)。しかし,同社では76年に開発の中止を余儀なくされている。
その後,多数のマイクロカプセルで粒子を閉じ込めることで,粒子の偏りや凝集を生じにくくする技術が確立された。他のEPID技術は,欧米で発明されたデバイスを日本が最初に実用化したが,このデバイスは唯一日本で発明され米国で実用化されたものである。
米MITのメディアラボの研究開発を基に,97年に設立された米E Inkのマイクロカプセル型EPIDとa-Si TFTによるアクティブ駆動のディスプレイが,ソニーの電子辞書「リブリエ」として04年4月に製品化された。EPIDは電子ペーパーディスプレイとして注目されている。
4. 薄膜トランジスタ(Thin Film Transistor:TFT)
先述したように,表示容量の制約を解消する第2の方法はアクティブ駆動方式の採用であり,その立役者は薄膜トランジスタといっても過言ではない。携帯機器やLCD-TVのカタログにまで記載されるようになったTFTの開発経緯を振り返ってみる。
TFTは,62年RCA LaboratoriesのP.K.Weimer氏により,CdS半導体膜とSiOゲート絶縁膜による構造が提案された13)。当時の主な用途としては,メモリや撮像デバイスなどが考えられ,そのプロトタイプも試作された。しかし応用がLSIと競合したこと,需要がなかったことおよび技術的に未熟であったことなどの理由により,その後の大きな発展はなかった。
71,年RCA LaboratoriesのB.J.Lechner氏, F.J.Marlowe氏,E.O.Nester氏およびJ.Tults氏によりアクティブマトリックス駆動型LCDの概念が提案された14)。そして73年Westinghouse Research LaboratoriesのT.P.Brody氏,J.A.Asars氏およびG.D.Dixon氏によって有効表示域が6インチ×6インチ,解像度がインチ当たり20本のCdSe TFTをスイッチングデバイスとしたTN Mode TFT-LCDが試作され15),アクティブマトリックス駆動型LCDの潜在能力が実証された。そのコンセプトは,周辺駆動回路であるデコーダ,スキャナ,ラインメモリなどを集積化して内蔵するものであった。画素信号を蓄積する容量をコモン電極に接続する保持容量(Cstg)方式と,その蓄積容量を次段のゲート・ラインに接続する付加容量(Cadd)方式が提案されている。さらに,TFTアレイ工程を前工程,TN LCDセル製造工程を後工程とする製造の原型に触れている。しかし,U-Y族化合物のCdSeが結晶構造の不安定な材料であり,シャドウマスクによる真空蒸着法でTFTを作製するものであった。そのため,CdSe によるTFT-LCDは実用化には至らなかった。
一方a-Si TFT-LCDの提案は,79年,P.G.LeComber氏,W.E.Spear氏およびA.Gaith氏によってなされ16),80年に試作された。a-Si TFTの特徴は,プラズマ気相堆積(Plasma Enhanced Chemical Vapor Deposition:PECVD)法を利用して,ガラスの耐熱温度(約600℃)に比べて十分低い350℃程度を最高処理温度として,大きなガラス基板に,フォトエッチング技術を用いて数μmの寸法でトランジスタが形成できることである。これが現在のTFT-LCDの主流となっており,以降,大面積・高精細・高品位化へ向けて実用化および研究開発活動が活発に行われている。
TFTの活性半導体領域にはプラズマCVD法で堆積したa-Si薄膜を用いる場合がほとんどであった。これは,300℃の低温で4m2程度の大面積にわたり,均一な電気物性を有した半導体薄膜が比較的容易に得られることに起因する。しかし,a-Siの物性には四半世紀にわたる努力にも関わらず,際立った進歩が見られていないのが現状である。
TFTを飛躍的に高性能化するには,活性領域を結晶性Siに代えることが不可避である。a-Si TFTに比べて100倍以上も移動度が高いLTPS-TFTを用いれば,LSIを用いなくてもガラス基板上に駆動回路を実現でき,低製造エネルギー化と低コスト化を同時に推進できる。さらに,種々の電子的機能をガラス基板上に実現するシステム・オン・パネルも夢ではない。ここからは,LTPS TFT-LCDの開発経緯を述べる10)。
86年,ソニーの鮫島俊之氏(当時)らによりa-Si膜のELA(Excimer Laser Annealing)による結晶化とその技術を用いたpoly-Si TFT(p-Si TFT)の作製が報告された17)。プロセス温度は260℃,電界効果移動度180cm2/Vsと良好な特性のLTPS-TFT実現の可能性を示した。ELAによる結晶化法は低温での結晶膜形成法として現在盛んに検討されている。現在量産されているLTPS TFT-LCDはすべてこの技術が適用されている。
94年,ソニーの技術で三洋電機との協業により量産が開始された時に用いられた基板サイズは300mm×400mmであったが,その後,東芝が400mm×500mm,エスティ・エルシーディ(ソニーと豊田自動織機の合弁会社)が600mm×720mm基板を用いて99年から量産を開始している。また,東芝と松下電器の合弁会社(シンガポール)では730mm×920mm基板を用いて02年11月から量産を開始している。その後,国内ではシャープ,日立ディスプレイズ,海外では台湾Toppoly,AU Optoelectronics(AUO),Samsung Electronics,LG Philips LCDなどで生産されている。
a-Si TFT-LCDで用いられている無アルカリガラスが使用できる基板温度の限界はおよそ600℃であり,この温度を境に高温p-Si(High Temperature p-Si:HTPS),あるいは低温p-Si(LTPS)と呼称が変わる。
LTPS-TFTは,a-Si TFTと同様に透明な無アルカリガラスを基板に用いことで透過型,反射型,透過反射兼用型(Transflective-Mode 併用型)の直視型ディスプレイを実現できる。量産に用いられているガラス基板のサイズは,LTPS TFT-LCDの主たる用途が中小型のためa-Si TFT-LCD用に比べ小さく,第3.5および第4世代が中心となっている。
LTPS-TFTはc-Si FETおよびHTPS-TFTと同様にnチャネル(n-ch)およびpチャネル(p-ch)が可能で,モバイル用ディスプレイには欠かせない低消費電力の周辺回路をCMOS構造で実現できる。ただ,a-Si TFTとプロセスステップ数を比較するとLTPS固有のプロセスが必要な分多くなり,プロセスコストはa-Si TFTに比べ高い。
94年の量産当初は,アナログドライバICを内蔵した2.5型透過型カラーTFT-LCDであった。その後,セレクタを内蔵した反射型カラーTFT-LCD(9型,1024×RGB×480)が量産された18)。最近では,表示に必要な周辺回路をガラス基板上にLTPS-TFTによる回路をモノリシックに形成し,集積化した所謂システム・オン・パネル(SOP)技術による携帯機器用LTPS TFT-LCDが量産されている。
表1 中小型ディスプレイの主要技術開発の沿革
| 年 |
分野 |
開発・発表技術 |
| 68年 |
LCD |
動的散乱モード |
| 70年 |
LCD |
電界複屈折モード |
| 71年 |
LCD |
TNモード |
| 85年頃 |
LCD |
STNモード,SBEモード |
| 87年 |
OLED |
真空蒸着で薄膜化が可能な材料 |
| 72年 |
EPID |
電気泳動ディスプレイ技術 |
| 62年 |
TFT |
CdS半導体膜とSiOゲート絶縁膜による構造 |
| 71年 |
TFT |
アクティブマトリックス駆動型LCDの概念 |
| 73年 |
TFT |
CdSe TFTをスイッチングデバイスとしたTN Mode TFT-LCDの試作 |
| 79年 |
TFT |
a-Si TFT-LCDの提案 |
| 86年 |
TFT |
ELAによるpoly-Si TFTの作製 |
おわりに
ここでは,LCD向けスパッタリング装置のリーディングメーカーであるアルバックの枚葉式スパッタ「SMDシリーズ」の詳細を紹介する。同シリーズは94 年より市場投入された。当初はスパッタ工程において,デポダウン方式を採用していたが,ITO・高融点金属成膜などにおいて,パーティクルに課題が残っていた。そのため同社では,基板を立て,側面から成膜を行う方式を採用し,パーティクルの低減を実現した。その後,第4世代対応装置から,従来のマルチチャンバタイプながらも省スペースおよび多機能を実現したXシリーズをリリース。Xシリーズは,一つのチャンバにカソードを複数設置し,基板を回転させることにより,多層膜を形成できるため,生産性を大きく向上させている。
〈参考文献〉
1)G.H.Heilmeier, et.al., Proc.IEEE56 pp.1162-1171(1968)
2)M.Schadt and W.Helfrich, Applied Physical Letters, 18 pp.127-128(1971)
3)T.J.Scheffer and Nehring, Applied Physical Letters, 45 p.1021(1984)
4)T.J.Scheffer, et al., SID’85 Digest p.120(1985)
5)M.Schadt and F.Leehouts, Applied Physical Letters 50 p.309(1987)
6)S.Hotta, et al., SID’86 Digest p.296(1986)
7)T.Sunata, et al., IDRC’85 Digest p.66-71(198)
8)日本電信電話 シェルボ カタログ
9)Apple Computer社 Macintosh Portableカタログ
10)鵜飼育弘,「低温ポリSi TFT-LCD技術」EDリサーチ社(2005)
11)C.W.Tang and S.A.VanSlyke, Applied. Physical Letters, p.913(1987)
12)I.Ota, et al., 1972 IEEE Conference on Display Devices p.8(1972),太田,映像情報メディア学会誌 Vol.60 No.10 pp.64-68(2006)
13)P.K.Weimer, Proc. IRE.50, pp.1462-1469(1962)
14)B.J.Lechner, et al., Proc.IEEE59 pp.1566-1579(1971)
15)T.P.Brody, et al., IEEE Trans.Electron Devices, ED-20, pp.995-1001(1973)
16)P.G.Le Comber, et al., Electron Letters, 15, pp.179-181(1979)
17)T.Sameshima, S.Usui and M.Sekiya, IEEE Electron Dev.Lett., EDL-7 p.276(1986)
18)H.Ichikawa, et al., SID’00 Digest p.1203(2000)