これが中小型ディスプレイの全貌
総括と業界への提言
鵜飼育弘/ソニー
はじめに

この連載も,今回が最終回となった。今回は最終章として「総括と業界への提言」と題して述べる。この1年はFPD業界にとってもトピックスの多い年であった。AM-OLEDが携帯電話のメインディスプレイとして採用されたことに始まり,07年11月末にはOLED-TVが世界で初めて市販された。LTPS TFT-LCD関連ではインプット機能内蔵のシステム・オン・パネル(SOP)の開発が相次いだ。また,07年末には日本のTFT-LCD産業界の再編が報じられるなど,技術ならびに業界に大きな変化が見られた1年といえる。
中小型ディスプレイの総括
1. 携帯機器用ディスプレイに要求される性能
携帯機器の高機能化・差異化に伴って,ディスプレイへの要求も多岐にわたっている。しかも,中小型TFT-LCDの価格下落率は年間25〜30%で推移している。性能向上と低価格化の両立はディスプレイ・メーカーにとって死活問題である。
携帯機器用ディスプレイに要求される主な性能は,(1)高品位,(2)薄型・軽量,(3)低消費電力,(4)狭額縁,(5)高信頼性,(6)堅牢性などである。しかも,携帯機器用ディスプレイのサイズは,基本的には人間工学的に決められていて,サイズが限定されている。従って,高精細化と狭額縁化が重要である。また,使用される環境が夜間の暗闇状態から直射日光下にまでわたるため,周囲光の変化に対する視認性も重要である。
2. デバイス技術動向
(1)a-Si TFT-LCD
a-Si TFT-LCDの高精細化,広色域化,高付加価値化(ドライバ回路内蔵など)および低消費電力化に関しての技術動向を述べた。これらの技術が融合された暁には,LTPS TFT-LCD技術の大きな脅威となるであろう。ビジネス面から考えると,先進技術のみでは,市場は付加価値を認めにくい。a-Si TFT-LCDメーカーは,すでに償却が終わったラインを用いて生産しているところが多い。従って,これらのメーカーはパネルコスト面で優位であり,LTPS TFT-LCDメーカーにとってはコスト競争力のある差異化技術でいかに対応できるかが重要となっている。
(2)LTPS TFT-LCD
LTPS TFT-LCDでは,すでにドライバ回路のみならず,TFT-LCDの駆動に必要な周辺回路をモノリシックに集積したデバイスであるSOPがソニーで携帯機器用LTPS TFT-LCDとして開発され,量産されている。
今後は,付加価値を高めた入力機能一体型ディスプレイ,画素メモリ内蔵の超消費電力ディスプレイの実用化が期待される。
(3)AM-OLED
究極のFPDと言われて久しいAM-OLEDも携帯電話のメインディスプレイに採用された。ただ,現状のAM-OLEDは材料,プロセス,構造など種々の組み合わせが必要な技術である。a-Si TFT-LCDでは小型から超大型ディスプレイに至るまで,基本的に材料,プロセス,構造に基本的な差異はない。今後,AM-OLEDが市場で大きな位置を占めるためには,この教訓(a-Si TFT-LCD技術の継続性)を学ぶ必要がある。
(4)AM-EPID
AM-EPIDは,米国市場で電子ブック用ディスプレイとしてブレイクした。カラー化および応答時間の改善が進み,さらなる応用が広がるであろう。他のFPDの中でロール・ツー・ロール方式による生産が最も進んでいる分野であり,今後の展開に期待がかかる。
3. 市場動向
応用分野のトップは07年以降も引続き携帯電話である。パーソナル・デジタル・アシスタンス(PDA)市場は,06年12億4400万ドルであったが,07年には17億9000万ドル,11年には18億7400万ドルと大きく躍進するとみられる。
しかしながら,中小型TFT-LCD全体の成長率を見ると,05年から07年にかけては,マイナス成長となった。これは生産数量が伸びたにも関わらず,製品単価が下落したことが大きく影響している。ただし,07年以降は数%から10%程度の成長が見込まれている。
携帯電話用FPDのデバイス分野では,a-Si TFT-LCDが07年までトップを占めていたが,07年以降はLTPS TFT-LCDが取って代わる。また,OLEDがカラーSTN-LCDおよびモノクロSTN-LCDに取って代わる。なお,ディスプレイの解像度では07年以降,QVGAの伸びが大きく,またVGAも06年には75万台であったが07年には187万5000台,11年には1727万6000台と急増することが予測されている。従って,今後の動向は,高精細化対応可能なデバイスとしてのLTPS TFT-LCDか,次世代ディスプレイとしてのOLEDと言える。
PDA用FPDは,PDAフォンの需要拡大で1億台超えの可能性もある。サイズ別では,06年には3.5型320×240(QVGA)がトップであったが,07年以降では3型QVAがトップとなる。06年以降,4型480×272が年々増加傾向を示す。
デジタル・スチル・カメラ(DSC)用FPDの成長率は鈍化傾向にあるものの,着実に数量は増加している。ただし,日本と台湾・韓国メーカー間の競合により過酷な価格下落が続いている。サイズ別では,2.5型がトップで3型以上の増加に伴い2.5型以下のサイズが年々減少する。08年の北京オリンピック,10年の上海万博と継続的な需要増が見込まれている。
ビデオカムレコーダ(VCR)用FPDは,ハイビジョン対応,DVD/HDD/メモリカード方式など,機能更新が続く中で,07年に入り前年比10%増と好調に推移している。サイズの動向は,06年に2.7型ワイドに突然シフトした。3型以上も05年から出始めたが,07年で86万4000台が,11年には120万台と大きな伸びは期待できない。
AM-OLEDは,量産立ち上げが予測より遅れ,携帯電話メインディスプレイの数量が下方修正された。しかし,他の携帯機器(DSC,VCRなど)への応用の期待値が加味された予想となっている。06年のAM-OLEDの生産金額が1600万ドルであったが,07年には2億200万ドル,11年には20億4300万ドルと予測されている。
業界への提言
1. ディスプレイメーカー
投資生産性の改善と直材費比率の改善および新規デバイスの創生が重要である。
a-Si TFT-LCDも,開口率ではやや劣るものの,LTPS TFT-LCDと肩を並べる高精細のパネルや,ゲートドライバ内蔵パネルの開発および生産が始まっている。しかも,a-Si TFTによる中小型パネルの生産ラインは,すでに償却が済んでいる。従って,今後もLTPS TFT-LCDが,中小型市場で揺るぎない地位を確保するには,投資生産性の改善が急務である。
既存のa-Si TFT生産ラインに巨額の追加投資をすることなく,LTPS-TFTによる回路内蔵型TFT-LCDの生産能力を引き上げることができる新しい製造技術を,日立ディスプレイズと日立製作所研究開発本部が共同で開発した。その一つは,a-Si TFT基板の中で,周辺の回路内蔵のような大きい移動度を必要とする部分のみ固体レーザを照射し,Siの結晶化と横方向の結晶成長を同時に実現するものである。これにより,大面積基板に位置精度よく結晶領域を形成することができ,通常のELAによるLTPS TFT工程に比べて,良質な結晶を短時間で作ることが可能となった。もう一つの技術は,ソース・ドレイン領域形成のための,イオン注入工程や活性化工程をなくしたことである。この結果,結晶化によるp-Si膜形成以降の工程に,既存のa-Si TFT生産ラインをそのまま使えるようになった。イオン注入装置や活性化のためのアニール装置などに追加投資する必要はない。LTPS TFT生産ラインを新たに作る場合に比べて,設備投資額は1/10で済むという。
TFT-LCDモジュールの原価構成はコストの大半を部材が占め,部材費の内訳は,BLU,CFが各々1/4を占める。TFT-LCDモジュールの直材費としては,偏光板・位相差板などの光学フィルム,BLU,駆動回路,CF,TPなどである。
In-Cell化の目的は以下の4点である。
(1)TFT-LCDモジュールの薄型化,軽量化,堅牢性および高信頼性化の向上
(2)TFT-LCDモジュールの部品・材料費を付加価値としてパネルメーカー内に取り込む
(3)労働集約的な生産工程の削減による産業流出の回避
(4)新規デバイスの創生
中でも薄型化に関しては,ガラス基板のさらなる薄型化が進められており,0.2mmのものも実用化されつつある。ただしこの板厚は,ガラスをエッチングあるいは研磨することにより薄板化したもので,資源の有効利用など地球環境保全の観点から有効な手段とは言えない。
光学フィルムのIn-Cell化は,すでに位相差板では実用化されたが,偏光板では充分な特性が得られる材料の開発が遅れている。タッチパネルなどの入力デバイスのIn-Cell化に関しては,ディスプレイメーカーが開発に凌ぎを削っており,08年には実用化されるであろう。
中小型TFT-LCD市場は,日本が上位3社を独占し,世界市場の6割を占める。しかし,韓国・台湾も力を付けており楽観は許されない。なお,日系メーカーの占有率が高い理由としては,中小型ディスプレイが携帯機器の「顔」でありノートPC,モニタおよびTV用TFT-LCDのように規格化されたサイズおよび解像度のディスプレイではないためであると考えられる。
すなわち,携帯電話用TFT-LCDを見て分かるように種々のサイズ・解像度がある。モジュール形態も様々でユーザーの要求にきめ細かい対応力が求められる。ある意味では多品種少量生産(大量製品もあるが)の範疇であり,対応できる技術者数が受注を左右すると言っても過言でない。しかし,大型TFT-LCDの分野と比べて価格下落が大きい分野である。今後は,いかに価格下落に対応できるコスト競争力が付けられるか,高付加価値の製品を創出できるかにかかっている。
2. 装置メーカー
半導体ICおよびLSIの生産技術をベースに,基板サイズの大型化に対応した製造技術の革新が,現在のTFT-LCDの揺ぎない地位確立において一翼を担ったと言える。しかし,さらなる発展を考えるとともに,真にCRTを凌ぐ地位を確立するには,下記の革新的な生産技術の確立が急務である。
(1)脱真空プロセス
(2)脱フォトリソグラフィプロセス
(3)低温プロセス
(4)枚葉プロセスからロール・ツー・ロールプロセスへ
(5)環境に優しいプロセス,地球と共生する技術
大型FPD-TVもセットの薄型化競争が一段と加速している。08年のInternational CESで,パイオニアは厚さ9mmの50型PDP-TVを展示した。LCD-TVでは32型で35mm厚の製品が07年末から市販されている。FPD-TVの薄型化はソニーのOLED-TVが3mm厚の超薄型化を実現したことも契機となった。
携帯機器用ディスプレイは,要求性能で述べたように薄型軽量化が必要条件である。従来は,ガラス基板の研磨もしくはエッチングで対応してきた。
今後は,薄型ガラス基板対応の装置開発に注力いただきたい。第10世代のガラス基板の厚みが0.7mmであることから,第4世代のガラス基板サイズであれば0.3mmは実現できると思われる。
ナノインプリントリソグラフィ技術のFPDへの展開も始まりつつある。すでに,プロジェクタ用デバイスのワイヤグリッド偏光板,高精細(100nmオーダの画素サイズ)LCDの実現,FPD用光学フィルム(コントラスト・エンハンスメント,アンチリフレクション),ライトソース(LEDの光出力増強)などの開発が始まっている。大量生産に向けたナノインプリントリソグラフィについても紹介されている。この技術は,脱真空,脱フォトリソグラフィ,ロール・ツー・ロール・プロセスを実現する上で有望な技術である。
3. 部材メーカー
TFT-LCDはOLEDと比べ,機能分離型のディスプレイと言える。従って,TFT-LCDの性能向上および低コスト化に部材メーカーが大きな寄与をしてきた。今後は,部材の機能複合化を進める一方で,直材費削減のために,モジュール部材のIn-Cell化に注力いただきたい。
パネルメーカーは,過去においては日本が中心であったが韓国,台湾,中国へとアジアに広がり競争が激化している。ただ,部材に関しては,なお日本が中心であり,今後は,例えばナノ技術を用いた部材でさらなる展開を期待したい。
業界の再編
日立製作所,キヤノン,松下電器産業の3社は07年12月25日,LCDパネル事業での包括提携に基本合意した。キヤノンと松下が日立傘下の中小型パネル製造会社とTV用の大型パネル製造会社をそれぞれ子会社化する。3社は資金と技術を持ち寄り,TFT-LCDに加えOLEDも共同開発する。
日立は08年3月末までに,同社が全額出資する中小型LCDパネル製造子会社である日立ディスプレイズの株式の一部をキヤノンと松下に売却。両社が24.5%ずつ出資し,その後,キヤノンが過半数を取得する。
一方,日立傘下のTV用大型LCDパネル製造会社IPSアルファテクノロジは,松下が子会社化する。現在の出資比率は日立ディスプレイズ50%,松下30%,東芝15%,キヤノン2%などだが,松下はまず東芝から株式を買い取り,その後,過半数を取得する。また,パネルの安定供給に向けIPSの新工場建設を姫路に計画している。
シャープも堺市の第10世代ガラス基板による新工場で,東芝と提携して長期的に大量供給することを決めている。
おわりに
1年にわたった連載も終わりである。皆さんに感謝します。また,この機会を与えて頂いたプレスジャーナル清水次長に感謝の意を表します。
この原稿は,お屠蘇気分で書いていますが,ここで取り上げた技術がモバイル機器に搭載され,ますます日常生活に寄与できるディスプレイデバイスであることを祈って筆を置く。
〈参考文献〉
1)M.Beck,et al.:IDW’07 Digest pp.121-123(2007)